あひるの空ヘビーローテーション+

日向武史先生の『あひるの空』が好きすぎて、ネタバレしすぎない程度に考察してます。

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Re:だから、これからも頑なに電子化を拒み続けて欲しいです。絶対。

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連日の姫様御乱心。

娘がどんどんできることが増えてきて、ハイハイには至らぬものの、器用に縦横無尽、我が家を這いつくばってます。

息子の時もそうだったけど、漫画が最近のマイブームらしい。

ご丁寧にカバーまではがして、作品を堪能しています。。。

実は、我が家には『あひるの空』が2セットずつある。それは決して、御乱心に備えてというわけではなく、自炊用*1なのだが。


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最近のマイブーム

まだ『モダンタイムス』の余韻が抜け切れていない。

モダンタイムス (Morning NOVELS)

久々に小説を読んで高揚してるのもあるし、たった3冊しかまだ読んでないけど、伊坂幸太郎作品が僕のツボすぎて、語りたい欲が止まらない。

伊坂幸太郎って漫画家でしょ?とか言ってたあの頃が恥ずかしい。

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幸いにも、初版から大分経ってるから、色んな人が感想文を出し合ってて、それを読むのが最近のマイブームです。

僕は、特に「面白かった」以外の感想を持ち合わせていませんが、「僕の感想」の大体が載ってます↓

isaka.kamihiko-ki.com

”作品間リンク”イイこと事聞いちゃった。

『死神の精度』に行くっきゃねぇじゃんっ!

死神の精度 (文春文庫)

死神の精度 (文春文庫)

連投となりますが、今日も、そんな日向武史×伊坂幸太郎の話にお付き合い下さい。

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Re:拝啓シリーズです。

拝啓、日向武史様―

自炊用の『あひるの空』

僕は、スマホもタブレットも持ってません。

ガラケーとPCで今はスマートに生きてこれていますが、昨年末についつい衝動買いをしました。

もちろん、スマホでもタブレットでもありません。

まえがきに書いた自炊用の『あひるの空』のことです。

裁断済で出がらしとなったものを買わせていただきました。「出がらし」といっては、先生に失礼ですね。

もとい、”帰ってきた『あひるの空』”を購入しました。

これはホントに衝動買いで、僕はガラケー以外の携帯端末も持っていなければ、スキャナすらありません。ましてや、姫がお伝えした通りの御乱心が故、自炊してる暇すらありません。

”帰ってきた『あひるの空』”が、姫の手に渡った時は最後、白ヤギさん化した彼女は、一心不乱にテイスティングを始めてしまいます。

また、裁断済だからバラバラになった時は最後、百春が3ポイントを決めるなんて構成が仕上がってしまうと思うと、ゾっとします。

だから、もう半年経ちますが、届いたまんまの形で姫の目が届かない所にしまってあります。

だから”電子辞書”が欲しい

僕は、このブログで考察を書くにあたって、子どもたちが国語辞典を引くかの如く、頭の中の索引を頼りに『あひるの空』を本棚から引っぱり出してはペラペラめくり、ココでもない、ココでもないと、目的のコマを探しています。

だから、大分年季の入った”国語辞典”になっていますし、目的のコマを探している最中に「あっ!」と思ったところは耳を折り込んでるもんだから、人様にお見せできるものではなくなっています。



大体、僕は早朝に活動してますので、読み終えた『あひるの空』を階段に段積みして仕事に出かけます。これでまた姫様は御乱心です。

帰ってきたら、『あひるの空』が更に5年くらい歳をとっております。

これが、帰ってきたら、”帰ってきた『あひるの空』”だったと思うと、やっぱりゾっとどころじゃないですね。僕が御乱心です。


「も゛ーー」と僕がこぼすと、

「そこに置いておくのが悪いんじゃんねー階段1段登れるようになっちゃったんだよねー成長、成長」とか言って、大奥と姫様が手を組み、僕をなじるのです。

そろそろホントに風化し始めてしまうんではないかという思いと、国語辞典は国語辞典の良さがあるわけですが、どうしてもそれでは限られた朝の2時間3時間ではブログが更新できないので、ついつい”電子辞書”が欲しくなってしまい、衝動買いをしてしまった。というのが、我が家に『あひるの空』が2セットあるいきさつです。

伊坂幸太郎先生が描く「漫画の未来」

さて、『モダンタイムス』の話に戻りますが、『モダンタイムス』の前編、前々編である『魔王』『呼吸』と、『モダンタイムス』の描かれている世界は、”今よりちょっと未来”が描かれているというのが分かりました。

よりリアルに。

憲法9条の破たんにより徴兵制が始まったり、ジョンレノンを全く知らない世代が現れたり。

その中で、「漫画の未来」も描かれていました。

そこに、僕はサハピンでした。

今回のサハピンは、サラーっと描かれてるけど、僕はハッとして、ピンと来た、というサハピンです。

 眼鏡をかけた人の良さそうな中年男性という風貌で、背はそれほど高くなかった。真っ白なTシャツにジーンズという恰好だ。彼は、私のことに気づくと、「おや」と眉を上げた。「来客でしたか。それに愛原さんも」
 そこで安藤詩織が、私のことを彼に紹介し、その後で彼を、私に紹介する。「こちらが手塚さん。手塚聡さん。東京で、売れっ子の漫画家さんだったんだって」
 「売れっ子なんて」
 「だって、紙になったんでしょ?」愛原キラリが言う。今は大半が、デジタル原稿のネット販売だけで、何割かの売れている漫画だけが紙になるのだから、確かに売れっ子ではあったのだろう。
 「でも、今は違います。売れないっ子です」と彼は言った。

引用:P49/『モダンタイムス(下)』/伊坂幸太郎 著/講談社文庫

日向武史先生が「漫画の未来」について語っていたのを思い出しました。

日向武史先生が描く「漫画の未来」

日向武史先生も「漫画の未来」について随所でこう語っていました。

2010年

あひるの空(29) (講談社コミックス)

あひるの空(29) (講談社コミックス)

80年代のゲーマーとして思うことがある。

最近体を動かして遊ぶゲームが増えてるけど、体が動いてしまうゲームは出ているだろうか。

あの頃僕らはヒゲのおじさんと一緒にジャンプして、座布団の上でハングオンしたり飛び交う炎や弾丸をスウェーイングしながら存在しない慣性の法則に体をよじらせていた。

また当時のゲーセンのゲーム台のボタンは押すと奥でカチッとなるタイプのものが多くて、

指の先に神経を集中させてカチッとなる寸前のところを感覚で把握できることが一般人とゲーマーの別れ道だったりもした。

いつの頃からかそれはただパタパタ叩くだけの感触のないボタンの主流へと変化していって、

今じゃタッチパネルなんてものが日常の中で当たり前になってる。

子供の頃に想像した未来よりも今は遥かにそれを飛び越えてしまったけど、

何かとても大事なものを失くしているような、そんな気がしないでもない。


何が言いたいかというと、…漫画はやっぱり紙がいいよね。

2012年

あひるの空(36) (講談社コミックス)

あひるの空(36) (講談社コミックス)

俗に言う大人の事情で、そのうちどんどん本の価格は上がるんだそうな。

デジタル化の影響もあるし、きっと今よりももっと本は売れなくなっちゃうのかも。



漫画家を目指し始めた頃、担当の『どういう漫画を描きたいか』という質問に、

自分は『本棚に並べておきたい漫画』と答えた。

担当さんは漫画のジャンルを聞いたみたいで、苦笑いしてなんか変な空気になっちゃったけど、

僕の信念は今も、ずっと変わってないです。



このフルボリュームは、その信念の延長線上にある自分なりの『挑戦』です。



だから、今回は謝らない。

2015年

あひるの空 RAINDROP NARROW DOWN(42) (講談社コミックス)

あひるの空 RAINDROP NARROW DOWN(42) (講談社コミックス)

確かこの菖蒲戦くらいからマガジンの電子書籍化が始まって、今はもう作品単体毎にダウンロードできるらしいです。

”本が売れない時代”に、出版社自ら突っ込んでいってる気がしないでもないけども。


いろいろ批判あると思うけど、あひるの空の単行本は現時点でほぼ全ての電子書籍化を断ってます。
作り手が”本”になることを想定して描いてる以上、読者に届く形態はやはり”本”であってほしいという僕の勝手な要望です。

何人の人が理解をしてくれるのか…
時代に逆行した行動はいろいろと損をすることが多いんだけども。
こんなに漫画が世に溢れてんだもん、一人くらいそこにこだわる作家がいたっていいじゃない。

これだから僕は日向武史先生が大好きです。

結局「漫画の電子書籍化」は誰得なんでしょうか?

伊坂幸太郎先生がいう、”売れっ子漫画家だけが紙で漫画が世に出せる”時代は、実はもうすぐそこに迫っているんではないか。とさえ思えます。

未来に向かっているのに、紙が珍重されたあの時代に差し戻されているように思えて、何かおかしいです。

日向武史先生が時代に逆行しているのではなく、イイも悪いも、時代そのものが逆行しているように僕は思います。

金欠の子どもたちは、”ねずみ小僧”からどうにかデジタルを無料で手に入れるだろうし、紙のコミックが1冊1000円になろうと、2000円になろうと、ファンは作品を買い揃え続けると思います。

だから、先生は誰に対しても「謝る」必要なんてないのではないでしょうか。

”本が売れない時代”に、出版社自ら突っ込んでいってる気がしないでもないけども。

まさに、おしゃるとおりです。

憲法9条の改正の国民投票を2か月と前にし、『呼吸』の中で議論されていたこと―
 

 「実は俺も昔は反対だったんだ。憲法改正に。与党が必死に、改憲したがっていたけど、あれは結局、政治家の我儘だった気がするんだ」
 「我儘というと?」赤堀君は、大前田課長が議論の味方なのか敵なのか判断がつかないらしく、探るような口ぶりになる。
 「ちょっと前までは、日本はアメリカにべったりだったじゃないか。アメリカに、どうして軍隊を海外に派遣しないんだ、と叱られて、困っただけなんだ。そこで、断固たる態度で、『これはアメリカが作った憲法だろうが。自衛隊を海外にだせるわけがないだろ。自業自得だ』とつっぱねる度胸もなかった。ガキ大将に睨まれた子分みたいなもんで、どうにかアメリカの機嫌を損ねないようにしたかった。国際社会の一員として、金だけ出すわけにはいかない、なんて言ってたけど、俺はどこまで本気でそんなことを考えていたのかは疑問だった。ただ親分の叱責に耐えられなかっただけじゃないのかな、あれは」 引用:P230/『呼吸』/伊坂幸太郎 著/講談社文庫

それが、50年後(2050年くらい??)の『モダンタイムス』で実のものとなり、なし崩し的に徴兵制が当然のように始まっていました。

「漫画の電子書籍化」は、誰が国民投票をしたわけでもなく、”世の流れ”でという理由だけで一人歩きしている気がします。

本当に必要なことだったのでしょうか。

あんな議論空しく徴兵制が始まったように、電子書籍化は、漫画界を無法地帯にする気がするのです。

出版社自ら”ねずみ小僧”に小判を渡し、作品の価値を失わせていく未来―「えっ、お前まだお金出して漫画買ってんの?」という会話が読者の間で当然のようにかわされる未来が待っている気がするのです。

果たして、「漫画の電子書籍化」は誰得だったんでしょうか?

漫画を出しっぱなしにして片づけない中坊を持つお母さんの心の平穏しか結局は保てない気がします。

だから、日向武史先生には、これからも頑なに電子化を拒み続けて欲しいです。絶対。

「売れっ子漫画家」なのですから。

かしこ。

追伸:
といいつつも、自炊用を手元に置いている自分をお許し下さい。

*1:個人観賞用として漫画や雑誌、書物などを裁断し、デジタルデータ化する行為