あひるの空ヘビーローテーション+

日向武史先生の『あひるの空』が好きすぎて、ネタバレしすぎない程度に考察してます。

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”149.22cmの3Pシューター”といえば信じてもらえるかもしれない。

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皆様、夏休みはいかがお過ごしでしょうか?

僕の息子は今年、初めての夏休みを体験の小1です。

アサガオ観察やら、ドリルやら宿題が出ていて、一応毎日机に向かっているようです。

しかし、どうやら難関は自由研究なよう。

未だテーマが決まらない彼に、僕はこんな提案をしてみました。

「そのネリネリしてる”ねり消し”の成長を自由研究にしたら」

学校から「宿題」というものを持ち帰ってくるようになった初期、消しゴムのカスで”ねり消し”を作る術を伝授しました。

「”MONO消し”はダメだ。”まとまるくん”じゃなきゃ」なんて言いながら。

そして、時は経ち8月。

5ミリほどに成長してたネリネリくんを見て、笑った。

さて、前置きがながくなりましたが、今日は「あひるの空」にまつわる読書な話。

読書感想文の題材にしてみては?

blog.ahirunosora.net


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鷹山が読んでた本に注目

”あひる史上一番泣ける巻”いわれるあひるの空 コミック12巻。

あひるの空(12) (講談社コミックス)

あひるの空(12) (講談社コミックス)

後のライバル不破豹上木鷹山が初登場する巻でもあります。

空とのライバルを匂わしながらの絶妙な引き。

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そして、僕が気になっちゃったのが、鷹山の顔よりもこっち↓

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「象が空を」という本。

あひるの空で、細かく描写されているモノは、たいてい実在するモノ。

日向武史先生とって、こだわりのあるモノなんだと思っています。

ほ~ら↓

象が空を 1982~1992

象が空を 1982~1992

ココから日向武史先生のメッセージを読み解いてみよう。

今日はそんな話です。

沢木耕太郎って誰??

とりわけ読書好きというわけではないので、「象が空を」の作者「沢木耕太郎」を知っているハズもない。

作者うる覚えで、ブックオフを回り続けること5件。

どこにもありませんでした。。。

それもそのはず、「村木」で探してましたから(笑)

結局、図書館で借りたんだけど、図書館でも倉庫扱いの書籍でした。

今思えば、1993年初版のこの本が、古本屋にあることが珍しいよね。

手に入れたい人は、ネットで購入をおすすめします。

Amazonなら1円で購入 ができるようです。

さて、

沢木耕太郎という人物、失礼ながらすでに故人だと思っていました。すみません。

ブックオフの棚には、文庫本の小説はたくさんあったので、小説家なんだろうということはわかってました。

沢木耕太郎 - Wikipedia

近年では、どうやらノンフィクションライターとして活躍をしている人らしい。

そして、こんな騒動も起こした人↓

matome.naver.jp

「象が空を」実際に読んでみた

この「象が空を」ファンも結構いるみたい。

日向武史先生もそんな読者の1人なのかもしれないね。

そんなこんなを踏まえながら、「象が空を」を実際に読んでみた。

ページを開き、思わず閉じてしまった・・・。

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1ページに上下2段構成って。。。

読む前に、うんざりする。

鷹山はかなりの読書好きということが解ったね。

「”本を読む”ということは、何も全部読むことはない。

目次を読むだけで、本を読んだことになるのだ。気になるところは読めばよい。」

そう大学の最初の授業で教えてもらったことがある。

そうかっ!!

まずは目次から。

タイトル 内容
第1部 夕陽が眼にしみる―歩く 改札口
私の上海
体の中の風景
かげろうのような地図
街の王、泥の子
儀式
群れの行方
瘴気のような
駄馬に乗って
点と面
旅のドン・ファン
第2部 水路をつなぐ―会う 兄貴分
オーケーよ
知恵の木
幻の「西四十三丁目で」
言葉の湖に水路をつなぐ
使い古された言葉でなく
一期一会なんて言わないで
理解しつくしたいという情熱
純白の濁り
女優 吉永小百合
秋のテープ 美空ひばり
第3部 苦い報酬―読む 父と子―大宅壮一
歴史からの救出者―塩野七生
一点を求めるために―山口瞳
放浪と帰還―藤原新也
無頼の背中―色川武大
事実と虚構の逆説―吉村昭
彼の視線―近藤紘一
苦い報酬―T・カポーティ
切り取る眼―E・ヘミングウェイ
運命の受容と反抗―柴田錬三郎
正しき人の―阿部昭
最初の十冊、最後の十冊
稀な自然さ
愛の名のもとの復讐
人に寄り添う
二つの驚き
運命を握れない苛立ち
死ぬ理由
野心と成果
第4部 旗門と逸脱―書く そこから始まる
死ぬ、生きる
「情報」の洪水の中で
私だけの教科書
逆恨みの日々
一本のテロップ
私にわかっていることは
敗れさること、敗れざること
してやられる
幼児のように
四千二百五十七頭の象
やがて終わる休暇の前に
短文の練習、ふたたび
夕立と幽霊
孤寒
記憶と資料
俺たちの本
おお、ムラマード!
場の魔術
スクープ
放蕩息子の逸脱
模倣不能
第5部 不思議の果実―見る 挽歌はもう歌えない
自己の再生という幻想
さらさらとした悪夢
映画のための風景
揺れて、揺れて
三枚の写真
恋と呼ばずに
カウント・ダウン
持てる者と持たざる者と
夢見た空
第6部 勉強はそれからだ―暮す ラジオからの声
不意の声
体の奥からの声
文章の中の声
「奇妙なワシ」をめぐって
深入りできなかった仲
コロッケと豆腐と人魚
坂道
勉強はこれからだ
普通のマティーニ
振り向けば老人
自分を超える
大人になるということ
気分をかえて
ごめんなさい
王の不在
未来へのダイヤル
行きすぎる
盗電
夢の休日
酒場を出てから
春の背人
あとがき

目次・・・これだけで1冊の本を読んだ気になるのは僕だけだろうか。

どうやら章ごとにまとまった文庫版もある。

▼第1部と第3部を収録

夕陽が眼にしみる―象が空を〈1〉 (文春文庫)

夕陽が眼にしみる―象が空を〈1〉 (文春文庫)

▼第2部と第5部を収録

不思議の果実―象が空を〈2〉 (文春文庫)

不思議の果実―象が空を〈2〉 (文春文庫)

▼第4部と第6部を収録

勉強はそれからだ―象が空を〈3〉 (文春文庫)

勉強はそれからだ―象が空を〈3〉 (文春文庫)

「車谷空」のヒント

内容はエッセイのまとめ。

つまり、沢木耕太郎の随筆。つまり、沢木耕太郎の「枕草子」。つまりは、知的な「ブログ」。

沢木耕太郎が好きでなければ、読んでも「オヤジな何言うてんねん!」な内容です。

とりあえず、「象が空を」というタイトルにもなってる、第4部の「四千二百五十七頭の象」をからとっかかってみた。

これはっ!!

あるいは、私たちが日常的に行っている「ノンフィクションを書く」という行為も、

本来は極めて古臭くフィクショナルなものとして印象されるストーリーを、

いくつかの固有名詞、いくつかの数値で、危うくリアリティーを繋ぎ留めつつ述べていこうとする、

虚実の上の綱渡りのような行為なのかもしれないという気がしてきた。

そういえば、ノンフィクションとフィクションの世界を往き来したことのあるガルシア・マルケスにこんな台詞があった。

**「たとえば、象が空を飛んでいるといっても、ひとは信じてくれないだろう。

しかし、四千二百五十七頭の象が空を飛んでいるといえば、信じてもらえるかもしれない」**

確かに、ただの象は空を飛ばないが、四千二百五十七頭の象は空を飛ぶかもしれないのだ。

これはいとおかし。

そうか、「車谷空」が生まれたのは、「四千二百五十七頭の象」がヒントになったのではないかと思うのです。

つまりはこういうこと―

「170cmのダンクシュート」といっても、ひとは信じてくれないだろう。

しかし、149.22cmの3Pシューターといえば、信じてもらえるかもしれない。

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この設定が、あひるの空を、はたまた読者を、”フィクションの世界”に引き込んでいるのだろう。

あひるの空のヒットは、この「象が空を」効果なのかもしれない。

鷹山が「象が空を」手にした境地とは

ここで、話を鷹山に戻そう。

じゃあ、なぜ、鷹山がこの本を手に取ったのか。

この本で、鷹山が読んでたどり着いた境地があるんではないかと僕は思いました。

それは、第6部「大人になるということ」の中にあった。

内容は、沢木耕太郎が卒論で苦しんだ時の内容。

以下、内容を抜粋↓

当初の目論見では、カミュが『異邦人』をガリマール書店から出版し、フランス文壇に鮮烈なデビューを飾る直前の二十八歳までを描くつもりだった。ところが、原稿用紙で百三十三枚目、彼が自分と同じ二十二歳になったころまで書き進んできた時、不意にペンを置きたくなってしまった。もういい、これでいい、と思えてきてしまったのだ。私は方針を変更し、カミュの姿を自分と同じ年齢まで描くことで、卒論に終止符を打つことにし、最後の一行にこう記した。

「これから先は、とにかく自分で生きてみることだ。」


私がカミュの評伝を書いていて、もう自分が生きてみるより仕方がない、と唐突な一行を書くに至った心の動きはそのようなものだったはずである。 もし私に、青春期の成長の過程で、ひとつの時代からもうひとつの時代に踏み込んだかもしれない、つまり「大人」になったかもしれないと思えるような画期があったとすれば、それはたぶん卒論の最後の一行を書き終えた瞬間だったにちがいない。私が書物に過剰なものを求めなくなったのは、それ以来のことであるような気がするからだ。

書物の中に答はない

どーでもいいっちゃどうでもいい、オヤジの青春期の思い出話。

これが本にできるなら、このブログもいずれ書籍にできるのかなw

そんな感想だけど、鷹山はココに答を見つけたのではなかろうか。

これから先は、とにかく自分で生きてみることだ。

書物の中に答はない

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鷹山にこう言わせたのは、沢木耕太郎のこの言葉に出会ったからなのかもしれない。

あれ?

書物の中に答を見つけてるじゃん。

こんなオチ。

あとがき

これは、寄り道だけど、第5部「自己の再生という幻想」に、実はバスケのことが描かれている。

バスケのことというより、沢木耕太郎が絶賛するバスケ映画の話が載っていた。

「勝利への旅立ち」という映画。皆さんはご存じだろうか。

僕は観たことも、聞いたこともなかった。

これだけ絶賛されると観てみようという気持ちにされる。

それくらい絶賛されているのだ。

しかし、おすぎが絶賛してたから映画館で観た「息子の部屋 」というフランス映画が、「おすぎめ・・・」な内容だったから、著名人の”絶賛”は信じないようにしてる。

だから、慎重にレビュー検索してからにしよう。

それでも観てしまったら、またブログに載せます(笑)

勝利への旅立ち [DVD]

勝利への旅立ち [DVD]

他にもバスケを題材にした映画ってやっぱり結構あるのね↓

st-style.com

あ、ということで読書感想文に「象が空を」をチョイスしてみてはいかがでしょうか?